彼の隣で乾杯を
「私たちが動き必要はないと?」
「そういう事です」
部長の問いにタヌキは深く頷いた。

「今回は僕たちが動かなくても大丈夫ですからご心配なく。ああ、でも今後のキネックス社との付き合い方は変えていく必要があるでしょうからそれは社長を含めた戦略会議で話をしましょう。いいですね?」

その瞬間、タヌキの小さな瞳の奥がギラリと光り、私の背中に冷たいものが走った。

これか。
タヌキがタヌキと呼ばれる所以。
この雰囲気では多分何か聞いても何も教えてもらえないだろうけど、彼に何かしらの策略があるのは間違いないだろう。

「しかし、キネックスのご令嬢がうちの営業の高橋良樹の婚約者だというし、あまり強引な手は使えないのでは?」

部長の言葉にどきんとした。
婚約者の噂は部長の耳にまで入っていたとは。

「ああ、それはご令嬢の嘘です。高橋君と彼女はお付き合いしていません。それは私が保証します。わが社の女性陣にマウンティングでも取りたかったのか、ご令嬢が勝手に言っているだけでしょう。愚かなことです」

即座にタヌキが切り捨てた。
私が不安になるような時間は何もなかったことに驚いてぱちぱちと瞬きをしてタヌキのお顔を見てしまう。

部長はそんなタヌキに慣れているらしく、タヌキの纏う雰囲気とその言葉にすぐに納得したようで「はい」と席を立った。それを見た私も慌てて立ち上がる。


「では常務、私たちはこれで」という部長の横で私も頭を下げると、ポチが先に立って常務室のドアを開けてくれる。

「では失礼します」とドアの前でもう一度頭を下げるとタヌキは先ほどの鋭い眼光など微塵も感じさせない穏やかな笑顔で「またねー」と私に手を振っていたのだった。
< 176 / 230 >

この作品をシェア

pagetop