彼の隣で乾杯を
「そんなこと言ってない。どうして私と早希の温泉旅行が私だけ知らない状態でこんなことになっているのかを知りたいだけ」

「谷口を康史さんに取られて悔しいって?代わりが俺じゃ不足か?」

「そんなこと言ってないし思ってないけど」

私はぷいっと顔を背けて窓の外の庭園に視線を向けた。

思いがけず高橋に会えたのは本当に嬉しい。
でも、早希との旅行を楽しみたかったって気持ちも大きいのだ。

だいたい、あの早希の婚約者という男は独占欲がすごすぎる。
あの男が私と早希が会うのを邪魔している。本当にうざい。
早希はもうすぐ嫁いでしまうのだ。

アクロスコーポレーションの副社長夫人になって私と違う世界に行ってしまう。

さっき早希が言ってたようにしばらくは常務秘書も辞めないだろうし、彼女のことだから副社長夫人としての立場としての務めもしっかり果たすだろうし、何より独占欲の塊であるあの康史副社長が早希にくっついて離れないだろうことは容易に想像できる。

以前のように早希が私と過ごす時間などなくなってしまうことだろう。
だからこそ、今回のこの旅行は私にとって重要な時間だったのに。

「ほんっとムカつくわ」

小さく呟いたつもりだったのに、高橋にはしっかりと聞こえていたらしい。

「俺はまだ谷口に勝てないのか」と呆れたような声が返ってきた。そこに悲しみや悔しさなどの色は全くないけど。

「あの人はこれからはいくらだって早希と一緒にいられるのに、一晩くらい私に貸してくれたっていいのに。ちっさい男ね」

口を尖らせて悪態をつけば、アクロスコーポレーションの副社長相手に小さいとか言える由衣子はスゴイと高橋がゲラゲラと笑い出した。
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