彼の隣で乾杯を
イタリア転勤は林支社長の右腕となり立ち上げからやってみないかという話だった。

正直、かなり魅力的な話で高橋がいなければ即了解していた。
それを断ったのは自分だ。

これ以上高橋と離れている自信がなくてイタリアに行く決断ができなかった。
それよりも違う決断をしたのだ。

高橋が言っていた社長の言葉は正しい。

誰にも何も言っていないし、まだ何のアクションもしていないのに社長にはお見通しなんだろうか。

足音と共に背後の扉が開く音がして、「由衣子」と高橋が私を呼ぶ声がする。
居なくなった私を探しているらしい。

「こっちよ」

「悪かった」
長電話だったことの謝罪か

「いいよ、別に。酔いを醒ましてたから」

「話があるから一度中に戻って」
「いいけど…」

高橋に促されるまま立ち上がり涼しい秋風が吹くデッキから室内に戻った。

リビングルームの窓側に置かれた堀ごたつのテーブルにワインの準備がされていた。
おとなしく高橋と向かい合わせに座ると彼が目の前の焼酎とグラスをそっと脇に避けている。

飲まないの?と首をかしげると高橋が傍らに置かれた書類をテーブルに並べ始めた。

「何これ」

「プレゼン資料」

プレゼン?何の?

「由衣子、俺と仕事をしないか?」

「…」

ムード満点の高級温泉旅館のお泊まりの夜に恋人から囁かれたのは愛の言葉ではなくまさかのビジネスのオファー。
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