彼の隣で乾杯を


「行くぞ」

スッと差し出された大きな手を取る。
それは私の愛する夫の手だ。ごつごつとしていて大きくて温かい。私が欲しくて仕方なかったもの。

「うん」
幸せを噛みしめて笑顔を浮かべた。


副社長室を出て今度は社長室に向かう。

手を繋いだままフカフカとした臙脂色の絨毯がひかれた長い廊下を歩いていく。

役員フロアだから一般社員の姿はないけれど、秘書室の人とは何人か出会ったから私たちの関係はすぐに噂になるだろう。
なんならこのまま手を繋いで総務課に結婚の手続きをしに行ってもいいと思うほど浮かれている。

「由衣子」

「何?」

「佐本じゃなくて高橋由衣子として働くって言ってくれて嬉しかったよ」

良樹がこれでもかというほど表情を緩めて笑顔になっている。

旧姓を使わないことは私が決めたことだ。
この先、私は良樹のパートナーとして彼を支えたいと思っている。
佐本由衣子として過ごした日を否定するわけじゃないけど、公私共に彼を支えて周りにも私という妻の存在を認めてもらいたい欲求もあるのだ。

「あちこちに新しい名刺を配りまくるから大丈夫よ」

決して佐本由衣子を捨てるわけじゃない。
良樹の妻になった私は一層の努力をして高橋由衣子の名前を憶えてもらうんだ。

私には次の目標がある。
それは自分ひとりで戦わなくてもいい目標だ。
私にもう棘はいらない。

「人生のパートナーに選んでくれてありがとう」

私は結婚したばかりの夫にとびきりの笑顔を見せると、良樹が困ったような顔をする。

「くそ、明日も休みならいいのに。こんなにかわいい由衣子を東京に残してくなんて名字を変えたくらいじゃ心配すぎる。一刻も早く退職させて手元に置くから」

チッと舌打ちをしてぐいぐいと繋いだ手を引っ張るように社長室へと向かって行く不機嫌そうにしかめっ面になった身体の大きな同期で元友人の夫がとても可愛く見えて、私はさっきと違う笑みを浮かべてしまう。



好きな人に好きと言える
寂しい時に寂しいと言える
何も言わなくても寄り添ってくれる

同じ景色を見たいと思ってしまう

そして私を必要としてくれる


私はあなたを愛している






~fin







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