彼の隣で乾杯を

彼女のことをよく知らない奴らは彼女の外見に人が集まってくると思っているようだが、実はそうではない。
彼女の魅力は美貌だけではない。知識教養、会話のセンス、冷たく見えるが実際は思いやりのある態度など人を惹きつけ人脈を広げる才能に満ち溢れているのだ。
ただ、彼女の中で虫だと判断された奴らには容赦がない。冷たく切り捨てられる。それはお持ち帰るすることしか考えていない合コン相手やネイルと髪の手入れの話しかしない一部の女子社員とか。

仕事に隙のない彼女ならこんな時どうするだろうか。
今日本にいない彼女を思い頭を働かせる。

あまり他人を頼らない彼女だけど、一番効率的でリスクの少ない方法を選択するだろう・・・

「おーい、大野、山ノ下。頼みたい仕事がある。会議終わりにタヌキの巣穴に集合」

ちょうど食堂から戻ってきた後輩大野と新人山ノ下に声をかけた。
経験は少ないものの彼らは堅実で自分勝手な判断は下さない信頼が置ける後輩たちだ。
彼らに協力してもらってここを乗り切ろう。ドイツ出張も1泊4日の強行スケジュールにすればなんとかなるはずだ。

頭の中でスケジュールを組み立てていると
「ドイツのついでにお使いを頼みたいんだけど」とまたタヌキが言い出した。

「何ですか」

「うん、うちの会長の還暦祝いを買ってきて」

還暦祝い。
そうか、久保山のおじさんももう還暦なのか。

うちの親父の実家の隣に住んでいるのはこの会社の久保山会長だ。
幼い頃から会長はじめ社長と副社長の兄弟にかわいがってもらっていた俺から見たら会長は親戚のおじさんみたいなものだけど、今はここのイチ従業員として一歩引いた態度をとっている。

「で、何を買ってくればいいんですか？」

「うん、イタリアの湖水地方にある小さなホテルでだけ売っているワインを買ってきて欲しいんだよ。そこに行くだけじゃ売ってもらえないから、必ず宿泊してね。購入できるのは宿泊者のみ。しかも本数制限までついてるらしいから。最低4本は手に入れて。上限はなし。買えるだけ買ってきて」

何じゃそれと声に出そうになった。

何を言ってるんだ、このタヌキ。ドイツのついでにイタリアに。しかも宿泊しないと購入できないワインとは。
それじゃとてもじゃないが1泊4日か2泊5日では往復することはできない。