彼の隣で乾杯を
無言で考える俺に見せつけるようにタヌキはプロテインバーを手に取った。

「そう言えば社長の直属のチームがイタリア出張しているんだってね。明日から社長秘書の林君が合流することになっているんだ。知ってた?」

「いえ、知りませんでした」
出張メンバーは由衣子と小林主任だ。そこに林さんが加わるということか。

ーーー待てよ・・・林さん?

頭のてっぺんを軽く殴られたような衝撃に襲われ「俺に行かせてください!」と立ち上がった。

「うん、ギリギリ合格。行っておいで。ドイツの仕事が終わったら2泊分休暇をあげるから。ホテルはもう予約済み。イタリアに移動してからの必要経費は副社長のポケットマネー。ずいぶんと迷惑かけられているし、この先もしばらくはこんな状態だろうから君も彼女も有給休暇でいいよ。二人で豪遊しておいで」

タヌキは空々しい笑顔を見せた。

「でも、惜しかったなあ。高橋君が嫌がったらここにもう一人候補を加えようと思ったのに」

タヌキが胸元のポケットからごそごそと取り出したものをテーブルのビーフジャーキーの隣にそっと置いた。

その七味唐辛子の小瓶程度の大きさの筒状のものはどうやら抹茶味の羊羹のようだ・・・しかしパッケージに描かれたデザインを見て血の気がひいた。

そこに描かれていたのは目の前にいるタヌキとそっくりな子タヌキが笑っているデザインなのだ。

ギリギリだったが間に合ってよかった。心の底からホッとする。

さっきからおやつと見せかけて由衣子に宛がう男を選ぼうとしたのだ、このタヌキは!

ピンクの花の形の卵ボーロは由衣子のことだ。

イタリアの高級チョコレートは御曹司エディージオ。
北海道のお菓子は北海道支社にいた小林主任。
プロテインバーはサイボーグと呼ばれている林さん。
ようかんはその絵の通りタヌキの甥の竜之介。

間違いなく残りのビーフジャーキーが俺。

なぜかといえば、
俺がガキの頃、初めて食べたビーフジャーキーの美味しさの虜になり母親に隠れて貪り食って挙げ句にその塩分にやられて膀胱炎になったという黒歴史に由来していると思われる。いつまでそんなこと覚えてるんだよ、まったく。

だから嫌なんだ。生まれる前から知られている上司なんて最悪だ。

エディージオに小林主任に林さん。おまけにしれっと自分の甥の竜之介を混ぜてきやがった。

竜之介はタヌキの妹の子供ということで名字は神田ではないし、顔も全く似ていないから誰も柴田竜之介がタヌキの甥だということに気が付いていない。
知っているのはうちの上層部と両親がタヌキの知人である俺だけ。

あまり接点がなかったから今年入社した広報部にいる竜之介のことを忘れていた。アイツは伯父に似ないでかなりのイケメンに育っていた。どこに行った神田家のDNA。

マジで危なかった・・・・。
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