彼の隣で乾杯を
エレベーターの中で何やら視線を感じ、チラッと神田部長の様子を窺うとなぜか私に福々しい顔でほほ笑んでいる。

え、何で?
ひきつりながら「あの」と声を出そうとすると、

「今月末からね」と先に部長が口を開いた。
「はい」と相づちを打つ。

「いや、今月末からね、うちの部署が忙しくなるんですよ」
「はい」

「ま、忙しいのは僕の上司と僕の部下なんですけどね」
「はい?」

「そういうことなのでわかってあげて下さいね」
「は?」

「あ、佐本さんも忙しいから大丈夫だと思いますけど」
「え?」

そこでポーンと音がしてエレベーターの扉が開いた。

「そういうことで。じゃあ頑張ってね」とひらひらと手を振られる。

何がそういう事?
私の頭の中ははてなマークだらけになったのだけれど、エレベーターは海外事業部のフロアに到着していて私はここで降りなければいけない。

会釈しながら外に出て振り返るとエレベーターの扉が閉まるところだった。
その扉のすき間に見えたのは謎にキラキラしたタヌキの笑顔。

何なの。

神田部長とまともに会話したのは今が初めてだった。
会話どころかしっかりと顔を合わせるのも初めて。
神田部長が私の名前を知っていることにも驚きなんだけど、それ以上に今の意味不明の会話は何だったんだろう。

あ、
それより今、早希の事を聞くチャンスだったのに。
エレベーターで部長とふたりきりなんてそうあることじゃない。

今から追いかける?
ん?
あれ?

そういえば、神田部長の統括する営業部はここより下のフロアにある。海外事業部より上のフロアは役員フロアなんだけど…。
タヌキはエレベーターを降りなかった。
役員フロアのある上に行ったってこと?こんな時間にどこに?
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