彼の隣で乾杯を

「薔薇姫だよ、キミは。きれいで棘があって孤高の存在」

ふっと笑うと私にぐいっと近付き「糸くずだ」と私の肩にかかる髪をふわっと流すように払った。

私の首すじに主任の指先がかすかに触れて一瞬ぞくっとする。

「主任、近付き過ぎです。セクハラですよ」
睨むように主任の目を見ながら後ろに下がる。視線は外さない、そらしてはいけない。

「そんなに警戒するな。狼や熊じゃないし何にもしない」
私の刺々しい視線に苦笑いし両手でお手上げのポーズをした。
狼や熊より質が悪いと思うのは私だけかもしれないけれど、私にとっては小林主任より熊の方がましだ。

「それより昨日はここに副社長が来たんだって?」

私の肩ばびくりと揺れる。

「薔薇姫の友達がらみらしいな。副社長も他人の迷惑をもう少し考えて行動して欲しいもんだ」

詮索されるのかと警戒したけれど、どうやら違うようだった。

「でも、今日から副社長はイタリア出張だからここには来ない。薔薇姫は余分なことは気にしないで仕事できるよ」

「副社長、イタリアなんですか?」
主任の言葉に少し警戒を解いた。

イタリア出張だったら数日は出社してこないだろう。
ただ、副社長が再び私のところに顔を出すような事態にはならない代わりに高橋が直接探りを入れることも叶わない。
どちらにしてもしばらくは副社長の動向に悩まされることになる。

「そう。おそらく週明けまでは出勤できないはずだから。それに帰国してもここには来ないように秘書室に伝えておいたから心配いらない」

え?

昨日と一昨日主任は韓国に出張していて会社には来ていない。
だから昨日の終業後にあった副社長襲来事件は直接知らないはず。
昨日のことを誰から聞いたのかということよりも、聞いた後で秘書室に対しての何らかの対応がもう済んでいるような言い方の方が気になる。

もしかして、私のことを気にしてくれたのだろうか。
大きく見開いた目で主任を見つめると、先ほどとは違った主任の嫌味のない優しい視線とぶつかった。

途端にドキリとする。

< 29 / 230 >

この作品をシェア

pagetop