彼の隣で乾杯を
集中すること二時間。通知音がして社内メールが届いた。発信者は高橋。
イヤな予感がする。何だろう。

「谷口が会社を辞めた。既に退職処理もされている。詳しいことは後で」

なんてことだ、メールの内容に顔が歪む。

昨日の今日で早希が会社を辞めただなんて。

本当に昨日何があったというの。
一昨日、私と一緒にいた早希はそんなことひと言だって言ってなかった。
少なくとも、バーで副社長と鉢合わせするまでは普通だった。
それが昨日のうちに退職しただなんて。

やっぱり、神田部長が絡んでいる。昨日のうちに退職だなんてこんな早業はあり得ない。
タヌキが何かしたに違いない。

昨夜の早希の電話の様子からまさかと思ってた。

「しばらく連絡できない」は数日間程度有給休暇を取るくらいだと信じたかった。
嫌な予感は当たっていた。
まさか退職だなんて。

呆然とパソコンの画面を見つめていると、プルプルプルと内線電話が鳴って我に返る。
上司の坂口課長だ。

「佐本さん。悪いんだけど今すぐ部長室に行って。お呼び出しだよ」

振り返って課長のいるシマを見ると、課長は笑顔でうんうんと頷いている。
笑顔で行って来いと言うってことはどうやらお叱りではないらしい。

ホッとして課長に軽く頭を下げて立ち上がる。
隣の席の井口さんに「部長室に呼ばれたので行ってきます」と小さく声をかけた。
井口さんは二年前の枕営業騒動で早希と女子社員との諍いの仲裁をしてくれた先輩だ。

部長室と聞いても少しも驚かず「OK、行っといで」といつものお日さまの様な笑顔が返ってくる。
この人の存在も私の救いの一つ。
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