彼の隣で乾杯を



イタリアに着いてから私はよく働いていると思う。

主任はあれからずっとベネチアにいて私の拠点であるローマには来ていない。
そのことには正直なところ、助かっている。二人で過ごす時間があればどんな顔をしたらいいのか、仕事以外で何を話していいのかわからないし。

行きの飛行機内ではパソコンに向かうか、時には眠ったふりをして徹底的に主任を避けた。
私の中で主任としようとしていた不倫が消化されていないのだ。

あの出来事があってすぐ主任は異動した。
病気で長期入院してしまった北海道支社の営業課長の穴埋めをするためだ。

主任が異動して3年。全く顔を合わせることがなかったから「別居している奥さん」と離婚したのか元さやに納まったのか私はそれも知らない。

そもそも彼が既婚者だったことをあの当時の同じチームのメンバーだって誰一人として知らなかったのだから。

主任が本社に戻ってきたのは今から半年前のこと。

元いた海外事業部に戻ってきた彼の肩書はなぜか主任だった。

実際彼の実績を考えたら本社の課長でもおかしくない。なのに、係長でもなく主任のままであるのは来年新設される部署でそれなりの地位に就くまでの一時的なものだという噂がある。

それが本当かどうかは知らないけれど、そうなれば今のように同じフロアで働かなくて済む。だからそうなって欲しいと思う。


二杯目のギムレットを飲み干してドライマティーニを頼んだ。
本当は梅干し入りの焼酎が飲みたい。
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