彼の隣で乾杯を
ドライマティーニのグラスに付いたしずくを指でなぞってもてあそんでいると、
「それ何杯目だ」
と聞き覚えのある声がした。

「・・・主任」

小林主任は私の隣のスツールに腰かけてブランデーを頼む。

「副社長の案件はまだ済んでいないはずですが?」
冷静を装って問いかけた。

「薔薇姫と話がしたくて今日の仕事を終わらせて急いできた。ベネチアには朝一番で戻るよ」

「こちらの状況は逐一メールと電話で伝えているつもりでしたけど、何か不都合でもありました?」

「仕事の方は何もない。やはりキミに任せて正解だったよ。俺の想像以上に動いてくれている」

その言葉で私は主任から視線を外して身体ごと正面の色とりどりのリキュールの並ぶ棚を見つめた。
私と話すためだけにわざわざベネチアから来て明日の朝イチ番で戻るってこと?
落ち着け、落ち着け、私。

「仕事でなければ雑談ですか?私は連日の交渉で疲れています。そろそろ部屋に戻りたいんですけど」
震えそうになる唇をこらえて強気な言葉を吐いた。
お願い、もうほっといて欲しい。あれから3年もたっているじゃない。

「由衣子」

名前で呼ばれて思わずキッと睨みつける。
「主任に名前で呼ばれるいわれはありません」

「・・・そうだな。悪かった」目が合った主任は眉を少し下げ目を細めると小さく息を吐いた。

やめて、なんでそんなに悲しそうな顔をするの?
傷ついたのは私。
奥さんがいるのを隠していたのはあなたじゃない。

「少しでいい。話を聞いてくれ」
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