彼の隣で乾杯を
「なぜ」

「あの時の謝罪と弁解がしたい」

「・・・今さらですよ」

「でも、お前はまだあの時のことにこだわって傷ついているだろう」

「傷つけたのは主任じゃないですか」
怒りで声が震える。だから、あなたと関わり合いたくなかったんですと言いかけてやめる。

「主任ばかりを責めるつもりはありません。既婚者であることに気が付かなかった私にも責任の一端はあるんです。一方的に被害者面するつもりもありませんから、どうか、もうそのことは触れないでください。それとも、私のせいで夫婦仲が悪くなったと責めるつもりですか?」

「違う、そうじゃない!」
主任の声が大きくなり、周囲からの視線を感じる。

「・・・すまん」私の責めるような視線に主任は肩を落とし、ブランデーをごくごくと飲んだ。

そんなに勢いよく飲むお酒じゃないでしょうに。
ただ思っただけで声には出さず、黙って私もドライマティーニを口に含んだ。

私の片側の頬に主任の視線を感じる。

「辛口の酒も飲めるようになったんだな」

「そうですね」

ええ、あなたと接待に出るようになってお酒を覚えて。
大学時代には美味しいと思えなかったお酒もだんだんと飲めるようになって。
あの頃はビールと甘いカクテルを好んでましたけど、今では辛口のお酒の方が好きなんです。

「月日は流れたってことか」

「そうです。ずっと同じところにとどまってはいられないんです」

「でも、変わらないものもあるだろう?」
淋し気な、でも何かを期待するような主任の目に胸の奥がチクリとする。
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