彼の隣で乾杯を
「結婚して3年もたつとお互いに仕事が楽しくなってすれ違いの生活になっていった。そのうちただの同居人のような気持ちになって、気が付いた時には妻だと思ってた女には好きな男ができていた。・・・若すぎたという言葉だけでは表現できない何かがあった。いや、逆になかったんだ、何かが俺と彼女には足りなかった」

穏やかに話は続いていく。私は主任の顔を見ることもできずにうつむいたままじっとしていた。

「妻は離婚したいと言ってきた。多少の衝撃はあったけど、自分の方にも妻に対して愛情は友情のようなものに変わっていたからすぐに同意した。
しかし、届を出す直前になって彼女の父親が病に侵されていて余命宣告されてしまったんだ。彼女は父子家庭で、父親がたった一人の血縁者で俺も幼いころから知っていた。
俺たちはどんどん弱っていく彼女の父親を前に離婚の話なんてできなかった。それで、別居はしたけれど離婚はできずにいた。結婚するときに「娘を頼む」と言われた俺はどうしても義父のその手を離せなかったんだ。
そうして、それからも俺は月に一度だけ病院に見舞いに通った。日常生活では外した指輪も面会の時にははめて行く。指輪をはめないことが日常になっていたから、忘れないようにネックレスに通して首にぶら下げた」

「…」

「そんな生活が1年以上たった頃だ、お前が俺の下に配属になったのは」

自分の話が出てハッとして顔を上げた。主任の私を見下ろす目は穏やかだった。

「気が強くて明るくて美人、でもどこか影がある子だと思った。仕事は一生懸命で無理を押し付けてもくらいついてくる。育て甲斐のある子だった。・・・次第にこの子を自分の近くに置いておきたい。プライベートも一緒に過ごしたいと思うようになった」
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