彼の隣で乾杯を
「お前と仕事をしていると楽しかった。自分が既婚者だってことを忘れるほど毎日が充実していた。仕事の後の食事も出張ですら楽しみだった。俺はお前に夢中だった。・・・だから、あの時忘れていたんだ。この首にかかる鎖と指輪の存在を」

・・・あの時・・・

私の身体がビクッと震える。

私も主任のことが好きだった。
大きな仕事を成功させて二人で打ち上げをした夜、初めてキスをした。出張先だったこともあってそのまま主任の部屋になだれ込んだ。

大好きなヒトの胸に抱かれて夢を見ようと思った途端、私の夢は打ち砕かれた。
その人の胸に輝くネックレスとプラチナのマリッジリング・・・。



私はギュッと目を閉じた。

「考えてみればもっと早く俺の状況を話しておくべきだった。俺の勝手でお前には辛い思いをさせてしまった。飛び出していったお前を追うこともできなかった。追おうとしたとき病院から電話があったんだ。義父が亡くなったと。
それから葬儀を終えて、やっと離婚届を提出することができるとホッとした俺に今度は彼女が言ったんだ。「妊娠している」と。
もちろん俺の子じゃない。だが、日本の法律じゃこのままだと戸籍上の父親は俺という事になってしまうと言うんだ。
このままじゃお前に合わせる顔がないとその親子関係を否認する手続きにも追われていたら、今度は俺に北海道への転勤辞令が下りてしまった。
子どもの父親問題もなかなか解決しないまま北海道に行くことになってしまった上に、お前ともろくに話ができなかった。あの時は自分の油断と同時に元妻とその彼氏の軽率さを呪ったよ」

私はかける言葉もなく、ただただ主任の話に耳を傾けた。
主任にそんな事情があったとは。
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