彼の隣で乾杯を
私はひたすら主任を避けていた。とんでもない裏切りだと思ったし、信じることができなかった。

「北海道に行ってからやっと子どもの父親問題は解決して、今、俺の戸籍にはバツが1つついているだけだ」
フッと力を抜くように笑ってごくりとブランデーを口にする。

「ずっと、しこりを残させてしまって悪かった」と私に向かって頭を下げた。

何年も前から破綻していた主任の結婚生活。
私が思っていたような不倫じゃなかった。

「どうして今になって。もっと早く話してくれるっていう選択はなかったんですか?」

「そうだな。もっと早く言うべきだった。ただ、あの直後はお前と話ができる状況になかった。お前は逃げ出してから徹底的の俺を避けたし、新しいプロジェクトのメンバーに抜擢されて会社でも外でも話すタイミングはないし。
俺もいろいろなことに追われてお前を含めてすべてを恨んだよ。もうどうにでもなれと思った。
だけど、北海道に行って1年ほどたった頃、お前がイタリアの巨大企業と契約を結んだと聞いて目が覚めた。俺が育てたお前は1人でどんどん先に進んでいた。俺は何してるんだって」

私を見てにこりと笑った。
「まだ弟子に負けるわけにいかないじゃないか」

それは私の知っている主任の笑顔。私の好きだった人の笑顔だ。

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