彼の隣で乾杯を
ーーやはり電話の相手はさっきのオトコ、わが社の副社長だ。

私が名乗ると、副社長は驚いた様子だったけれど、すぐに状況がわかったらしい。

「君は早希から何か聞いている?」
「いいえ」

「早希と話がしたいんだけど、こうして彼女は電話に出てくれない。本当に申し訳ないけれど佐本さんから早希に電話に出るように説得してもらえないだろうか。
絶対に傷つけるようなことはしないから。彼女にこれには事情があるってことを話したい。頼むよ」

「ーーわかりました。伝えます」

私は電話を切って早希に向き直った。
早希は相変わらずお気に入りクッションをお腹に抱えて丸まっている。

「早希、副社長はあんたと話がしたいって」

「私は話したくないよ」

私を見上げる早希の充血した瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで私の胸もぎゅっと痛む。

「じゃあ、逃げてないでそうやって自分で言いなさい。こんなの早希らしくないよ」

私は話したい、傷つけないと言う副社長の言い分に納得したわけじゃない。
自分の会社の副社長ということは知っていても彼の人間性を知るような関係にないから。あの人を信用していいのかどうかはわからない。要するに信頼しているわけじゃない。

ただ、私の知ってる早希はいつも前を向いて歩いていて
YES,NOがはっきりとしていて、正義感も強い女性だ。

だからこんな姿は早希らしくない。

イヤならイヤと言ってやればいい。
納得できないことがあれば相手が副社長であれ自分の想いをぶつけてやればいいのだ。
徹底的に戦えばいい。私はいつだって早希の味方なんだし。

でも、戦う前に逃げてはいけない、お互いに言い分をぶつけて戦うべきだと思うのだ。
その上で拒否でも何でもすればいい。
副社長がくだらない男ならそのくだらない茶番に付き合う必要はない。
くだらない男でないのならいいわけを聞いて判断すればいい。

私は全面的に協力する。
ここに匿うことだってするし、なんなら私が早希のことを生涯養うことになってもいいとさえ思う。
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