彼の隣で乾杯を
大使ご夫妻に挨拶したあとは次々と知り合いの企業の経営者やイタリア人の知人友人たちに林さんを引き合わせていく。

目の前にいる林さんは流暢なイタリア語を話していた。
社長秘書の林さんはさすがだ。巧みな話術と広く深い知識で出会う人達と上手にコミュニケーションをとっていた。

さっきまで一緒にいたはずの小林主任は先ほどご挨拶をした繊維メーカーのご令嬢と海運企業のご令嬢に両サイドから押さえ込まれるようにがっちりと捕まっていた。
イタリア人女性から見ても主任はずいぶんと魅力的らしい。
私に助けて欲しいのだろうたまにちらっとこちらを見てくるけれど、見なかったふりをしてスルーを決めた。

ごめんなさい。助けることはできません。
これもビジネスですからね。会社の役に立ってください。こちらはこちらで気障なイタリア人男性をさばいていくので精一杯なんですから。

上司である林さんの隣に立っているのに、私に話しかけてくる男性も多い。
ただ、ビジネスではなくこのパーティーの後の色気が漂うお誘いをしてくるような不届き者には、容赦なくエディージオの名前を利用させてもらっていた。

このあとにイタリア有数の大企業の御曹司”エディージオと約束している”と言えば皆簡単に引き下がっていくのだ。

そのエディーはというと実はパーティーが始まって1時間もしないうちに退席していた。

そもそも彼は日本で仕事が残っていたのにこちらに無理やり帰国していたし今日も私をエスコートするためにこのパーティーも無理やり参加したらしい。
やはりそんなスケジュールは無理があったらしく、ここに着いてほどなく部下たちが迎えに来ていた。

「お戻りください」「香港に飛んでいただきませんと間に合いません」「三日前からの仕事が滞っております」「ニコラスさまからもお口添えをお願いいたします」なんてそこそこのお年を召した男性まで涙目になりながらエディーとニコラスにしがみついていたのだ。

さすがにムリをしている自覚があったのかおとなしくエディーはニコラスを連れて帰って行った。

その際、私の頬にキスを落としていったのは余分だったけれど。

だからこの場にはもういないけれど、「この後エディーと約束をしているの」と言えばたいていの人は引き下がってくれるから私も彼の名前を利用させてもらうことにしたのだ。

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