ストロベリームーン

璃々子



 風のない夜だった。

 空は低く茶褐色の大きすぎる月が重そうに浮いていた。

 淀んだ光に照らされるぬめった空気。

 何かとてつもない凶悪なことが起きそうな、動物としての本能が怯えるそんな夜だった。

 目を閉じると錆びたような匂いが鼻腔をついた。




 つんざくようなアンモニア匂にまみれてその番号はあった。

 下品な下ネタの落書きに混じって、赤いペンで書かれた文字はまだ新しかった。

『気持ちよくなりたい人専用ダイアルby熟女←Oh! Yeah! ×××-××××』

 飲み過ぎた安酒が切れの悪い尿となってジョボジョボと情けない音を立てる。

 いっぱいいっぱいの匂いとは対照的に空っぽの静けさの中でそれはいつまでも鳴り響いた。

 酔っ払っていたんだ。

 ただ単に。

 ポケットからスマホを取り出す。

 危うい足元と手元のせいで何度も番号を押し間違えたうえに靴に自分の尿をひっかけた。

「マジか、最悪」

 そう舌打ちしたら呼び出し音が聞こえてきた。

 酔っ払っていたんだ。

 ソートー。

 でなきゃ普段の僕ならその時点ですぐさま電話を切っていたはずだ。

 ぼんやりとした頭 に規則正しい機械音が1回、2回、3回、4回目に『はい』。


 女が出た。
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