ストロベリームーン
はっきり言って隼人はこのベルギーのカフェをイメージしたという店に似つかわしくない。
小洒落たこんなカフェではなくビールジョッキを両手合わせて10個持って運ぶ居酒屋で重宝がられるような体格の持ち主だ。
世那の疑問は璃々子と隼人の会話ですぐに解けた。
隼人はこの店の近くにある体育大学に通う学生だったのだ。
なるほど。
筋肉馬鹿っていう奴か。
世那は1人納得する。
「どこの大学っすか?」
あっという間にカレーを食べ終わり鞄から菓子パンを取り出した隼人が世那に話しかけてくる。
世那が答えると「ひゃー、頭いい」と大げさに驚いて見せる。
「まぐれで受かったんです」
半分謙遜、半分本気だ。
でもまあ自分の頭が筋肉でできていないことだけは確かだ。
親しげに会話する隼人と璃々子を見ていると急にこの店にふさわしくないのは隼人ではなく自分ではないかというような気がしてきた。
「世那ちゃん」
孝哉に名前を呼ばれ思わず返事が裏返る。
「そろそろ上がっていいよ。隼人、世那ちゃんに上がり方教えてあげて」
隼人は手に持ったパンをほとんど飲み込むようにして食べると席を立った。
やはりぬっとでかい。
上がり方は教えてもらうほどのものではなく、自分の横に立つ隼人を見上げながら、何センチぐらいあるんだろうとそんなことを考えていた。
「一緒のシフトはないけど、すれ違うことはよくあるからこれからヨロシク」
風を切るようにしゅぱっと差し出された手を無視するわけにもいかず握り返すと熱があるのではないかと思うほど熱かった。
すぐに引っ込めようとするとぎゅっと握られる。
うざいコイツ。
更衣室などない小さな店のトイレで世那は服を着替える。
璃々子の話し声が聞こえてきた。
またあの会ったこともない男の話だ。
自分がカモにされているのも知らずにはしゃぐ璃々子に「すごいっすねー」と感嘆する隼人の声が続く。
ため息が出た。
バイト続くかな。
まあ、嫌だったら辞めて他を探せばいいや。
それにオーナーの孝哉は悪くない。
まだよく分からないけど、馬鹿でもうざくもなさそうだ。
結婚もしてるようだし。
ああいう人はどんな女性を選ぶのかな。
趣味の延長線のような店だから、家でも同じようにキッチンも仕切ってそうだ。
自由に生きてる感じの人だから逆に奥さんは企業でバリバリ仕事をするようなタイプかもしれない。
着替えてトイレから出るとすでに隼人がカウンターの中に立っていた。
挨拶をして店を出る。
何事も初日というのは長く感じるものだ。
初日から解放された世那は大きく伸びをした。