ストロベリームーン

 蓮くん……。
 璃々子がそっと目の端を拭うと、勘違いした刑事が「知ってる人間に裏切られるお気持ち、お察ししますよ」と璃々子にポケットティッシュを差し出してくれた。




 客足が途絶えるランチタイム前、雨降りの今日は客は璃々子だけだ。

「えっー、50万あいつが盗んだんじゃなかったんだ」

 世那は璃々子の話を聞いて心底驚いた。

 孝哉でさえ隣で驚いている。

 世那が新宿で見た女の子もリョウの親戚の子だと知ると、さすがに世那は璃々子に申し訳ないことをしたと思った。

「じゃあ、なんで璃々子さんの前からいなくなっちゃったんでしょうねぇ。わたしが会った時は、別に普通でしたけどねぇ」

 璃々子はここ数日警察に呼ばれたりで忙しく、コンビニに行けていなかった。

 相変わらず蓮とは連絡がつかず、ふと思い立ち蓮のバンドをググってみたが、ライヴの情報はしばらく前で止まっていた。

「彼の家には行ってみました?」

 孝哉の質問に璃々子はかぶりを振る。

「蓮くんの家知らないの」

「1人暮らし?それとも実家?」と世那。

 璃々子はまた悲しそうにかぶりを振る。

 そこで璃々子は気づく。

 自分は蓮のことを何も知らない。

 蓮が歌を歌っているということだけで、蓮がどこに住んでいるのか、璃々子と会う以前の蓮が何をしていたのか、家族構成も友人関係も何も知らない。

 璃々子が知っているのは璃々子の前の蓮だけ。

 カウンターの中の世那と孝哉は困った顔をして沈黙している。

 これではいけないと璃々子はわざと明るい声を出した。

「それより世那ちゃん、世那ちゃんの新しい彼氏いつ紹介してくれるの?」

「新しい彼氏?」

 孝哉が首をかしげる。

「なんだ孝哉っち知らないの?」

「まぁ、隼人と何かあったんだろうとは思っていたけど、そうかぁやっぱり別れたか」


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