ストロベリームーン

「じゃあ、あの彼を好きな限りはずっと結婚しないんですか?子どもとか欲しくないんですか?」

 結婚はいつでもできるが、子どもはいつでも産めない。

 高年齢出産が増えたと言っても女の体には限界がある。

「どっちでもいいかな。好きな男の子どもは欲しいと思うけど」

 好きな男の子ども、か。

 世那は璃々子の言葉を心の中で復唱した。

 愛する男ができる。

 その男とセックスをする。

 子どもができる。

 それが当たり前だと思っていた、ついこの前まで。

 でも今はそれがどんなに幸福なことかが分かる。

「なんか贅沢ですよね」

 璃々子は持ち前の勘ですぐに世那の心を読み取ったのか、立ち止まり世那の肩に手を置いた。

「世那ちゃん、他人と自分を比べたらダメだよ。幸せはね今自分が持っているものの中から見つけるもので、探したり欲しがったりするものじゃないんだよ。世那ちゃんにはあんなかっこいい彼女がいるじゃん。すごい幸せだよ」

 璃々子に何が分かる。

 すぐにそう思った。

 でも璃々子の言葉はゆっくりと世那の心に落ちてきた。

「ですよね」

 照れもあって世那は俯いて返事をした。

 世那はずっと璃々子のことをどこかで見下していた。

 自分よりずっと歳上でいろんな人生経験もあるのに、璃々子は物事をよく分かっていない馬鹿だと思っていた。

 世那はそっと心の中で璃々子に詫びた。

 璃々子は自分よりちゃんと全然大人なんだ。

「ねぇ璃々子さん、孝哉さんって」

「じゃっ、わたしはここで」

 2人は同時に言った。

「ん?孝哉っちがなに?」

「あ、いえ今度でいいです」

 青々とした葉が雨に濡れる桜並木の入り口で世那は璃々子と別れた。

 別れ際、璃々子は「今度は小春ちゃんと2人でブラジリアンワックスにおいでね」とウインクをよこした。




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