ストロベリームーン

 そのウインクがあまりにも完璧だったので、世那は何度もウインクの練習をしながら歩いた。

 璃々子に孝哉の事を相談してもどうなるわけでもない。

 大人の孝哉の問題を世那がどうにかすることなどできるはずもなく、余計なお節介というものかも知れない。

 いつか大人の女性が孝哉の前に現れて、その人が孝哉を救ってくれるかも知れない。

 いつかっていつだろう。

 そんな女の人は本当に現れるのだろうか。

 幸せは今自分が持っているものの中から見つけるもの。

 璃々子のさっきの言葉が思い出した。

 風が吹いて雨になぶられる。

 世那は慌てて傘を傾けた。




 コンビニで孝哉に頼まれた物の他に自腹でハーゲンダッツのバニラを買った。

 これで孝哉に猫祭りコーヒーを作ってあげよう。

 店に戻ると客は相変わらず誰もいなくて、孝哉は店のBGMをラジオにしていた。

「今日から梅雨入りだってさ」

 傘立てに雫の落ちる傘をさす世那に孝哉は言った。



 孝哉はハーゲンダッツ入りの猫祭りコーヒーを飲むと、「美味しいなぁ」と顎をさすった。

「今度からアイスはハーゲンダッツにしましょうよ」

 孝哉は目を細める。

「そうだね」

 しばらく2人は黙って猫祭りコーヒーを飲んだ。

 客は誰も来ない。

「新しいバイトだけど、梅雨が明けたら1人入れようかと思ってる。雨降りはこんな感じで暇な日が多いしね」

 世那は分かりましたとうなずく。

 こんなに暇だと2人分のバイト代を支払うのも大変だろう。

 経営者って大変だ。

 自分には無理。

 自分は経営者向きじゃない。

 組織に入ってそこである程度のポジションを目指す感じでいい。

 小春と出会ってから世那の以前の人生プランは大きく変わってしまったが変わらないところもある。

 働く企業は外資系がいいかもしれない。





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