ストロベリームーン
「じゃあ、璃々子さんは結婚したら神崎璃々子になるんですね」
世那が自分たちの話題から璃々子の話題に戻す。
「そうなの、佐伯璃々子から神崎璃々子になるの」
璃々子はうっとりする。
「神崎?」
小春はビールを瓶からそのまま飲もうとしてカウンターの上に戻した。
「璃々子さんの彼氏ってバンドマンでしたよね。ちょっと彼の写真見せてもらえます?」
璃々子はスマホの待ち受けにしている蓮の写真を小春に見せた。
「これが蓮くん、カッコいいでしょ」
璃々子は写真の蓮を見るだけで嬉しそうだ。
小春は無言で自分のスマホを取り出すとどこかに電話をかける。
「あ、そのスマホ」
小春が耳に当てているのはこの前蓮が持っていたのと同じ花柄のスマホだった。
「ちょっと蓮!あんた何やってんのよ、結婚なんて100年早いんじゃないの」
小春以外の3人が顔を見合わせる。
小春は早口で説教らしきものを電話口で垂れ、時々ビール瓶をカウンターにタンッと打ちつける。
「なんか怖っ」
孝哉が首をすくめた。
話が終わったのか電話を切った小春が璃々子に向き合う。
「璃々子さん、それわたしの弟です」
離婚した両親の小春と源は母親の姓である清水を名乗り、蓮だけがそのまま父方の神崎を名乗っているのだという。
「あの2人は音楽繋がりでなにかと意気投合するところはあったから、ダメ男っぷりもそっくりだし。璃々子さんほんとうに蓮なんかでいいんですか?あいつ子どもの頃から何かあるとすぐびぃーって泣く弱虫ですよ」
「それは誰かに泣かされてたんじゃ」
孝哉が言うと小春はキッと孝哉を睨みつける。
「じゃあじゃあ、わたしと蓮くんが結婚したら小春ちゃんがわたしの義理のお姉さんになるってこと?」
璃々子はカウンターに三つ指をつくと小春に向かって深々とお辞儀をする。
「よろしくお願いいたします」
小春は表情を崩した。
「まっ、いっか。蓮に結婚なんて早いと思うけど相手が璃々子さんだったらいいかも知れない」
「そうそう、みんなおめでたいことなんだからさ、飲もう飲もう」
孝哉は冷蔵庫からまたビールとコーラを取り出す。
「孝哉さん、ただでさえ今日お客が少ないのに。それにわたしそんなにコーラ飲めませんよ」
小春と璃々子が笑った。