ストロベリームーン
孝哉の過去
世那がいつものようにトイレで着替えて外に出ると、会計を済ませた小春と璃々子が店の入り口のところで世那を待っている。
「孝哉さんほんとうにいいんですか?」
世那はカウンターの中にいる孝哉に申し訳なさそうに訊ねる。
「いいよ、いいよ、今日はどうせもうあと少しで閉店だし、行ってきなよ」
話の流れでこれからみんなで小春の新居に行くことになったのだ。
蓮と引越しを手伝ってくれた3人も呼んでパーティをするんだと小春と璃々子ははりきっている。
「孝哉さんも店が終わってからでもどうぞ」
小春の言葉に孝哉はただ笑顔で応えた。
駅まで歩いて世那は財布を店に忘れてきたことに気づいた。
世那を待つと言う2人を説得して先に行ってもらうことにすると世那は1人で店に戻った。
店の前まで来ると入り口の看板がなくなっていて照明も消されていた。
中を覗くと薄暗い中孝哉が1人でカウンターに腰掛けている。
“closed”の札を下げたドアをカランと開ける。
世那が入って来てもすぐに孝哉は気づかず「孝哉さん」と声をかけるとようやく世那の方を見た。
「ああ、世那ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとお財布忘れちゃって。孝哉さんこそ具合でも悪いんですか?電気つけてもいいですか?」
明かりをつけると孝哉は眩しそうに目を細める。
エプロンのポケットに入れたままだった財布を手に取ると世那は店の入り口に向かう。
その間孝哉は黙ってカウンターに座ったままだった。
「あの孝哉さん、今日はもう早く帰った方がいいんじゃ」
言いながら世那は何もない寂しそうな孝哉の部屋と死んだ恋人の写真だらけの寝室を思い浮かべた。
「それともわたしと一緒に小春のところに行きませんか?」
孝哉は微笑んだ。微笑んでいるのに寂しそうだった。
「ありがとうでも僕はいいよ、まだもう少しここにいる。楽しんでおいでよ」
世那は店を出て行こうとして振り返る。