ストロベリームーン
「あの孝哉さん」
「なに?」
「わたしになにかできることはありますか?」
孝哉は世那の意図が読めないようで目を何度かしばたたいた。
「孝哉さんがその、もっと幸せになれるために、なにかそのわたしにお手伝いできるような」
言葉が上手く紡げずたどたどしくなる。
「ありがとう、世那ちゃんはほんとうに優しい子だね、だから隼人も小春さんも世那ちゃんを好きになったんだろうね。璃々子さんもそうだ。彼女も優しくて無邪気でほんとうに可愛らしい人だ。蓮くんが好きになる気持ちがよく分かる。そんなみんなが幸せになってくれるのはほんとうに嬉しい。それを見ている僕まで幸せな気分になれる。それで十分だよ。みんなの幸せのお裾分けをもらえるだけで僕なんかにはもったいないほどだよ」
「そんなこと言わないでください。孝哉さんは孝哉さんでもっとちゃんと幸せになるべきです。また言っちゃいますけど、孝哉さんは新しい恋人を作るべきですよ。寝室の写真も外した方がいいです。過去ではなく将来を見てください」
孝哉はおもむろに立ち上がるとカウンターの中に回りシンクで手を洗い始めた。
世那は孝哉に走り寄る。
水道の蛇口を閉めると孝哉の手を世那のハンカチで包んだ。
「孝哉さん、孝哉さん1度カウンセラーに診てもらった方がいいと思います」
世那はずっと思っていたことを口にした。
「カウンセラー?心理カウンセラーのこと?」
孝哉は手を世那に預けたまま訊いた。
世那はゆっくりとでもはっきりとうなずく。
「孝哉さんは、自分の心が壊れてしまってるいるのに気づいてないです」
「僕の心が壊れてる?」
「そうです。亡くなった恋人の傷が深すぎて」
孝哉は手元に目を落とす。
「可愛いハンカチだね。彼女もいつも白いハンカチを持ってた。あの時、僕は一生懸命ハンカチで押さえたんだけど、白いハンカチはあっという間に赤く染まって、指の間から生暖かい血が滴り落ちてきて、それで空を見上げたら血で染まったような月が浮かんでて」