ストロベリームーン
「孝哉さん?」
孝哉は自分の手を嗅いだ。
「あれからずっとするんだ。血の臭いが手から離れない。洗っても洗っても錆びた鉄のような臭いがする」
孝哉が震えているのが手から伝わってくる。
「孝哉さん、もしかして彼女が殺された現場にいたんですか」
世那は孝哉の手を握りしめた。
孝哉の震えが止まった。
身をかがめていた孝哉は世那の手を振り解くとゆっくりと上体を起こし、世那を見下ろした。
「いたよ、いた。だって彼女を殺したのは僕だから」
世那の呼吸が止まる。
「ほんとだよ。3年前に刑務所から出てきたんだ。15年も入ってた」
「彼女は変質者に襲われたんじゃ。自分が送っていってあげなかったからって、孝哉さん」
後ずさろうとして世那の背中が壁にぶつかる。
「嘘だよ」
孝哉は壁に片手を付き世那に顔を近づけた。
「怖い?怖いよね、人殺しだもんね。そんなのと2人きりじゃ怖いよね」
「ど、どうして彼女を殺したんですか?愛してたんでしょう」
「彼女が殺してって言ったんだよ。だからその通りにした」
「そんなこと彼女が言うはずないです」
「でも言ったんだよ。ほんとうだよ」
孝哉の瞳の奥が揺れていた。
いや震えていた。
涙を流さずに孝哉は泣いていた。
やがて孝哉は世那から離れるとまた手を洗い出した。
「もう行きなよ世那ちゃん、みんな待ってるんでしょ」
世那は痺れたような手足をどうにか動かし出口に向かう。
「もし明日から来たくなかったら来なくていいから」
世那が孝哉を振り返ると、孝哉は台拭きで手を拭きながらいつものように笑みを浮かべている。
世那は返事をせずに店の外に出た。
外の空気が軽く感じられて深く息を吸い込む。
急いで駅に向かおうとするが気づくと足が止まっている。
最初の角を曲がったところで「世那」呼び止められる。
小春が立っていた。