ストロベリームーン
彼女の家はお金持ちだったし、こんな1個千円もしないおもちゃみたいな指輪をなぜ欲しがるのか不思議だった。
自分の分だけ買おうとしたら店員にペアリングを買うとハワイ旅行が当たるくじが引けると勧められた。
くじはハズレた。
そもそも当たりが本当に入っているのか怪しい。
彼女は買った指輪をすぐにはめたが、僕はなんだか恥ずかしくて袋に入ったままデニムの後ろポケットにねじ込んだ。
この頃カメラ付きケータイが販売され始め、僕もバイト代をつぎ込み今のスマホと比べると笑っちゃうくらい画質の悪い写真しか撮れないケータイを買った。
新しく買ったと言うのを理由に彼女をケータイで撮りまくった。
本当は彼女の写真が欲しくて、彼女を撮りたくてカメラ付きケータイを買ったのだった。
彼女は僕を1度も誘うことはなかった。
僕と会い始めてからも、彼女の男の噂は途切れることはなかった。
僕と会った後に彼女が他の男と会うこともあるのを僕は知っていた。
またはその反対もあった。
なぜ彼女は僕とだけ寝ようとしないのか。
それとも僕が誘うのを待っているのだろうか。
それでも僕が行動に出なかったのは、彼女と寝てしまうと逆に僕は彼女にとっての大勢の男の中の1人に成り下がってしまうような気がしたからだ。
僕と彼女のそんな関係は1年ほど続いた。
1年間、僕は他の男に抱かれに行く彼女の後ろ姿を見送った。
彼女が自殺未遂を起こしたのはそれから間もなくだった。
それから何度も彼女は未遂を繰り返した。
睡眠薬を多量に飲んだり、手首を切ったり、1度は電車に飛び込もうとした。
『なんでそんなに死にたいの?』
僕の部屋よりも広い病室に1人で寝ている彼女に訊いた。
『誰もわたしを殺してくれないから。お願いするんだけどみんな怖がるの』
彼女は返事のような返事じゃないようなことを言った。