ストロベリームーン
 
 間もなく退院した彼女はまた日常を繰り返す。

 その日僕と彼女はいつものようにファミレスのドリンクバーで薄い飲み物を飲んだ。

 でもその日は彼女はお腹が空いたと言って、ハンバーグステーキを注文した。

 が、数口食べただけで口に合わなかったのか、『孝哉にあげる』と皿を押しやった。

 彼女の体の話を聞いた後も僕にとって彼女は彼女でしかなかった。

 それにもし、もしだけど彼女が男になっても僕は同じように彼女を好きになったのではないかと思う。

 僕がトイレに席を立ち、戻ってくると彼女がケータイをいじっていた。

 この後男と会うのだ。

 僕には分かる。

 そして彼女はトイレに行くはずだ。

 僕がテーブルに戻ると彼女は「ちょっとわたしもトイレ」席を立った。

 僕は彼女の後ろ姿を見つめながら、テーブルに置かれたナイフの上に手を乗せた。

 トイレから戻ってきた彼女の唇には口紅が引き直され、

 目元のメイクがさっきより濃くなっていた。

 そして男と会うとき必ずつける甘ったるい香水の匂いがした。

 僕はポケットの中の手を握りしめた。

 いつもは彼女のトイレが合図のように店を出るのに、その日は彼女はなかなか席を立とうとしなかった。

 カップに残った冷たい紅茶をすすったりしている。

「ねぇ、孝哉」

 温かい飲み物を彼女のために取りに行こうと腰を浮かせた時だった。

『わたしと、する?』

 彼女の表情と声はいつも通りだった。

 顔が少しだけ、そうほんの少しだけこわばっていることを除けば。

 一瞬がやたらと長く感じた。

 僕の呼吸と瞬きは止まっているのに頭の中だけが高速で回転していた気がする。

 気がすると言うのも早すぎて何を考えていたのか僕自身にも分からなかったのだ。

 僕のその一瞬の間で彼女は全てを理解したように微笑んだ。

『そろそろ出よっか』

 彼女は会計表を手に取ると席を立った。

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