ストロベリームーン
店の外に出ると空の低いところに茶褐色の大きな月が浮いていた。
『あ、ストロベリームーンだ』
彼女は立ち止まって月を見上げたまま動かないので僕も同じように月を眺める。
『ストロベリームーンを見られると好きな人と永遠に結ばれるんだって。でもわたしの場合は反対だな、好きな人とは永遠に結ばれない』
『なんで?』
彼女は指輪をした手で僕の手を握った。
『今日死ぬから。今日孝哉に殺してもらうから』
彼女の手はとても冷たかった。
彼女は僕の反応を伺うように上目遣いで僕を見た。
『うっそー、なにそんな真面目な顔してんの。じゃあわたしもう行くね、これから人と会うんだ』
彼女は僕に背を向け月に向かって歩いて行った。
これから彼女は男に抱かれに行くのだ。
今まで何度もこんな風に見送ってきた。
その度に胸が掻きむしられ短い呼吸が乾いた喉をひくつかせた。
今にでも彼女に駆け寄ってその腕を掴み、彼女をめちゃくちゃにしたい衝動に狩られる。
激しい衝動を無理やり抑えるためにそれ以上の強い自制心を奮い立たせなければいけなかった。
空に浮かんだ大きな赤い満月が、
僕を狂わせた。
いや、僕はすでに狂っていたのかも知れない。
好きな女が他の男に抱かれに行くのを笑顔で見送る男がどこにいる。
彼女のその後ろ姿の数だけ僕は狂っていったんだ。
僕は初めて彼女を追いかけた。
彼女は僕に殺して欲しいと言ったではないか。
彼女は死にたいんだ。
彼女はずっと苦しんでいたんだ。
死んでしまえば楽になる。
死んでしまえばこれ以上彼女は他の男の物にならない。
僕が最後に彼女を征服できる。
それが彼女の望みだ。
殺していい。願い。楽に。他の男。願い。解放。死に損ない。子どもの頃から。辛い。弱虫。ぐちゃぐちゃ。
お願い!
僕はポケットに忍ばせていたナイフを彼女に突き立てた。