ストロベリームーン
もっと。殺して。楽に。嫌。死に損ない。
胸に刺さったナイフを引き抜いてまた刺した。
弱虫。もっと。孝哉に。殺されたい。
また引き抜いて刺した。
僕の頭の中ではうるさいほど彼女はしゃべり続けるのに、僕の中でうずくまる彼女は一言も言葉を発しなかった。
血が刺した箇所から溢れ出てくる。
それは彼女の体温と同じに温かかった。
僕は我に返った。
彼女が握りしめている白いハンカチをもぎ取ると、溢れ出る血をそれで抑えようとしたが、ハンカチはみるみるうちに血に染まりぐっしょりと濡れ血を滴らせた。
彼女は最初から最後まで大人しかった。
抵抗するような素ぶりは微塵も見せず、僕の腕の中で大人しく血で染まっていった。
そして全く動かなくなった。
よく見るとそれは彼女ではなく僕の知らない物体だった。
男でも女でもない、ただの塊だった。
僕は辺りを見回した。
彼女はどこへ行ってしまったんだろう。
僕の好きだった少女。
ずっと遠い昔の気がする。
もしかしたらそんな少女は存在しなかったのかも知れない。
風のない夜だった。
見上げると大きな茶褐色の月が僕を見下ろしていた。
ぬめった空気は錆びた鉄の匂いがした。
それはまるで月が放出しているかのようにこの世界を包んだ。
孝哉はカウンターに腰掛けタバコに火をつけた。
誰もいない店内を青い煙が蛇のように這う。
僕は彼女を殺したことを後悔はしていない。
それが彼女の望みだったから。
僕はずっと後になって気づいた。
あの時僕が何を考えていたか。
彼女が、『わたしと、する?』って聞いてきた時。
高速で回転する僕の頭が一瞬止まった瞬間があった。
あの時僕は、
気持ち悪い
そう思ったんだ。