ストロベリームーン
「僕はこの人に出会えて幸せだった。今もそう」
孝哉からこんなに想われているのに、その人はそれを知らずに永遠に眠っているのだと思うと、なんだかやりきれない気分になった。
手持ちぶたさなのと気持ちを紛らわせるために昨日したばかりだが、また大掃除をすることにした。
シンク周りを無心に擦っていると女性客が1人入って来た。
最近よく来る人だ。
孝哉が卵白を泡だて始める。
この人は必ず窓際のテーブル席に座りいつもカフェドベルジグというコーヒーをオーダーする。
なにやらベルギーのネコ祭りで飲まれるコーヒーだそうで、メレンゲと生クリームとバニラアイスが入っている。
孝哉にそれを教えてもらったとき世那は覚えにくい名前のコーヒーよりもネコ祭りの方が気になった。
ネットで検索するとネコの張りぼてやネコの仮装をした人たちの写真がたくさん出てきてますます気になる。
透明のガラスカップに注いだもこもこしたコーヒーを窓際に運ぶ。
その人はいつも銀色のパソコンを広げピアノを弾くように黒いキーボードの上に指を滑らせている。
その指先は今どき珍しくあっさりしている。
短く切り揃えられただけの爪は他の女性でよく見かける凶器になりそうな爪とは正反対で丸くて優しいまるで子どものよう爪だった。
でもその人の柔らかなパーツは指先だけでそれ以外はこんなコーヒーを飲みそうにない感じだ。
思いきったベリーショートの頭にシンプルなファッションはいつもパンツルックだった。
ノーメイクに見えるその顔は整っている。
璃々子とは正反対の女性だった。
飾り立てた璃々子より何もしてないその人の方が勝っている、と世那は思った。
その人はいつも1時間ほど銀色のパソコンに向き合いネコ祭りコーヒーを飲む。