ストロベリームーン
世那は共学だったが女子校のそういう話は知っていた。
でもその世界は世那からほど遠かったし甘ったるくてかったるいのは苦手だった。
小春は相変わらずネコ祭りコーヒーを1時間かけて飲んで帰って行く。
強烈なのを連れてきたのはあの1回きりだった。
世那が小春と会話することはなかった。
小春が店に入ってくると孝哉が卵白を泡立て、出来上がったネコ祭りコーヒーを世那が運び小春が飲む。
その繰り返し。
同じことを繰り返しながら世那の小春への意識はどんどん膨らんでいった。
その日小春が座る窓際は満席だった。
いつもパソコンを広げる小春は他の空いているテーブル席に座ると思いきやカウンターに座った。
ち、近い。
世那は緊張する。
「カフェドベルジクがお好きなんですね。珍しいですよこれ飲むお客さんは」
手を洗っていた孝哉は布巾で手を拭くとどこからか名刺を取り出し小春に差し出した。
「オーナーの溝口です」
軽くお辞儀をすると卵白を泡立て始める。
なぜか孝哉がスーパーマンのように頼もしく見える。
名刺を受け取った小春はわずかに笑顔を作った。
「前にベルギーに行ったときに飲んでそれが忘れられなくて。まさか日本で飲めるとは思わなかったから嬉しいです」
「ネ、ネコ祭りに行ったんですか?」
思わず声が出る。
しまったと思った時には小春の視線は世那に向いていた。
「仕事でね」
そのあとの言葉が続かない。
体が固まる。
瞬きだけを繰り返す世那に小春はネコ祭りの話を始めた。
あんなにと言ってもそれほどでもないが気になっていたネコ祭りはもうどうでもよかった。
それでも小春の話を聞きながら「へえ」とか「すごぉい」とか大げさに相槌を打つ。
小春と会話していることの方が世那にはすごいことだった。