ストロベリームーン
世那の妄想
世那は最近妄想に取り憑かれていた。
ザ・小春に迫られる妄想だ。
店で2人だけになった時いきなりカウンター越しに小春から腕を掴まれるとか、世那が着替えにトイレに入った瞬間小春も一緒に体を滑り込ませてくるとか、割れたグラスで切った世那の指を小春が舐めてくれるとかだった。
世那のお気に入りはトイレバージョンで1日何十回も妄想した。
当たり前だが現実に小春が世那を追ってトイレに入ってくることなどなく、トイレに鍵をかける度に世那はため息をつく。
それでも世那には小春が自分を見る目は孝哉に向けられるものとは違うように見えた。
なんだかこう少し潤んだ感じというか、黒目が大きくなるというか。
目は口ほどに物を言うというではないか。
でも当然だが実際には何も起きなかった。
その日も狭い個室で1人長いため息をつく。
トイレから戻るといつの間にか窓際席に小春が来ていた。
小春は1人ではなかった。
小春は男と一緒だった。
あの強烈なドラッククイーンではなく普通の男だ。
「世那ちゃんこれお願い」
孝哉がコーヒーをトレイの上に置く。
世那は目を見張った。
ネコ祭りコーヒーが2つ。
誰なんだあの男は一体。
世那がコーヒーを運ぶといつものように小春は「ありがとう、世那ちゃん」笑顔を向けた。
世那も笑顔を返そうとするが上手くいかない。
男はもこもこしたネコ祭りコーヒーを平然と口に運ぶ。
こいつはネコ祭りコーヒーを飲み慣れている。
濡れたような縮れた髪をして、全体的にキザな感じの男だった。
素早く足元を見ると素足に革靴を履いている。
が、男はもう少し太ったら小太りと言っていい、締まりのない体をしていた。