ストロベリームーン


 猫祭りコーヒーを飲む小春の横顔。

 小春の「世那ちゃん」って呼ぶ声。

 キーボードを叩く小春の指先。

 さざ波のように世那に小春が降ってくる。

 アサイラムコーヒーはとっくに閉まっている時間なのに小春がそこにいるはずもないのに、アサイラムコーヒーに飛んで行きたくなった。

 そこに行けば小春に会えそうな気がした。

 タクシーを走らせ店に向かう自分を妄想する。

 シャッターの閉まったアサイラムコーヒーの前に佇む小春。

 タクシーから降りてきた自分を驚いた顔をして見る。

「世那ちゃん、どうしたの?」

「小春さんに会いたくなって」

 小春は世那に手を伸ばす。

 肩に衝撃を感じて我に返る。

 男女のカップルの男の方が世那にぶつかったのだ。

 あ、すみません、と男は軽く頭を下げた。

 世那も頷くように頭を下げる。

 男の横にいた女性がちらりと世那を見た。

 小春と同じくらいの短い髪にでもしっかりとメイクをした美人だった。

 世那は2丁目に行く最初の目的を果たさなかったことを今更ながら悔やんだ。

 これで小春が普通に男が好きだったらどうするんだ。

 自分は笑い者じゃないか。

 無駄に知らなくてよかった自分の同性愛の素質を発見して、理由はともあれ2丁目デビューを果たしてしまい、それで小春はのんけでした——ここでなんで自分が業界用語を使ってんだ——てなことになったら。

 自分だけすっかりこっちの人じゃないか。

 鳥肌が立ってそれ以上は考えるのをやめた。

 無心で駅への道を怒ったように歩く。

 駅までもうすぐのところで歩いてくる人混みの中に見覚えのある顔を発見した。





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