ストロベリームーン
地下鉄の扉が開きホームで待っていた人たちが乗り込んでくる。
その多くが手に濡れた傘を持っている。
その中に隼人がいた。
頭1つ分周りより背が高い。
車内の空席を探すこともなく入り口近くの吊革につかまる。
「隼人くん」
世那は控えめに隼人を呼んだ。
隼人は気づかない。
今度はもう少し大きな声を出す。
頭だけくるりと回した隼人が世那を見つける。
ぱっと顔が明るくなる。
本当に分かりやすい奴だ。
隼人がやってくると世那は座席を詰めた。
「ここ座りなよ」
「奇遇だねー世那ちゃん」
隼人が横に座るとシートが沈んでわずかに体が隼人の方に傾く。
湿った男臭い匂いがした。
「今日友だちとフットサルやってたんだけど急に雨降って来ちゃってさ、他のみんなは飯食いに行っちゃったんだけど、俺行かなくて良かったー、世那ちゃんと会えるなんて超ラッキー」
コンビニでさっき買ったのだろう、真新しい透明の傘を隼人は足の間でくるくる回した。
雨なんていつ降ったのだろう。
東京でも場所によって降ったり降らなかったりするから、小春の家近辺がたまたま降らなかっただけなのかも知れない。
「ご飯まだなら、これから2人で行かない?わたしもまだなんだ。バイト先じゃいつもゆっくり話せないしさ、それともこの後なんか用事あるの?」
隼人は顔を横にぶんぶん振った。
「用事なんてないない。行く行く。いや〜俺、世那ちゃんにもしかしたらウザがられてる?って思ってたから嬉しいよ」
ウザイよ。
でも今日そのウザイのと会ったのも運命なんだよ。
この際バイト先の男だからとかなんとか言ってる場合ではない。
緊急事態なのだ。
「なに食べよっか、隼人くんなにか食べたいものある?」
ふと見ると世那の肩が隼人の腕に触れていた。
ずっと気づかなかった。