ストロベリームーン
どうしてそんな蓮にずっと彼女がいなかったのか不思議だ。
「仕上がりのいいステージの時ちゃんと璃々子には声かけるよ」
「そんな、今やってるやつでいいのに」
蓮は運ばれてきた肉をトングで挟んで2枚だけ網の上に並べた。
トングを握ったままじゅうじゅうといい音を立てる肉を見張っている。
ほんのりまだピンク色が残っているところで裏返し、少しだけ焼くとすぐにトングで肉を引き上げる。
「はい、璃々子」
自分の皿に落とされた肉を璃々子は口に入れる。
「美味しい!蓮くんお肉焼くの上手」
「前に焼肉屋でバイトしてたことあるんで」
璃々子は口の中に広がる肉汁を味わい、今のこの幸せを噛み締める。
「ねぇ、どうして蓮くんってわたしのこと好きになってくれたの?」
璃々子はずっと不思議に思っていることを訊いてみた。
蓮から見たら璃々子なんておばさんだ。
さほど美人でもないし、お金だって普通より少し持ってるくらいで大したことない。
蓮だったらもっと若くて可愛い子やもっとたくさんお金を持っているマダムでもなんでも捕まえられそうなものだ。
「それは璃々子が」
蓮の傍に置いてあるスマホが震えた。
蓮は璃々子に断りを入れるとスマホを耳に当てる。
「はい、なんっすか。今忙しいんですけど」
冷たくぶっきら棒な口調に思わず璃々子は箸を止める。
蓮はスマホを耳に当てたまま片手で紙エプロンを首から引きちぎると席を立った。
そのまま店の外に出て行く。
網の上に蓮の分の肉が残っている。
璃々子はトングで摘むと蓮の皿に乗せた。
蓮がオーダーした石焼ビビンバが運ばれてきた。
璃々子は丁寧にビビンバを混ぜ蓮と自分のお椀によそった。
金色の皿の上には生肉がまだまだ残っている。
1枚取り蓮の焼き方を真似て焼いてみたが焼き過ぎだった。