ストロベリームーン
「あの孝哉さんの恋人はなんで亡くなられたんですか?」
「殺されたんだよ」
世那は聞き間違えかと思った。
「彼女は殺されたんだよ」
孝哉は繰り返した。
「僕は彼女を助けてあげられなかった。あの晩、ちゃんと僕が彼女を家まで送り届けてあげていたら彼女は殺されることなんてなかったのに、1人で帰したばかりに彼女は変質者の男に乱暴されてそして殺されたんだ」
無表情だった孝哉の顔がみるみるうちに赤くなる。
力の入った眉間は盛り上がりこめかみに青い血管が浮き出る。
「なんであの晩、なんで僕は、なんでなんでなんでなんで」
孝哉は自分の頭を掻きむしりながら、足を踏みならした。
いつも冷静な孝哉が初めて見せる激しい感情に世那は驚いた。
「あ、あの孝哉さん」
「なんでなんでなんでなんでなんで」
孝哉はブツブツと同じ言葉を繰り返す。
世那がいることなど忘れてしまったかのようだった。
「孝哉さん!」
世那は大声で叫んだ。このまま孝哉がどこか別の世界へ行ってしまうようで怖かった。
世那の声で我に返ったのか、
「あ、ああ世那ちゃん、ごめん。取り乱してしまって」
いつもの孝哉に戻った。
この人は。
世那は思った。
まだ恋人の死から全然立ち直っていないんだ。
まだ心の傷はばっくりザクロのように開いたままなんだ。
「彼女が亡くなられたのはいつなんですか?」
孝哉がぼそりと低い声で答える。
「え?」
世那は耳を疑い、問い直す。
「18年前だよ」
孝哉はおもむろにまた手を洗い出した。
世那は弾けるように椅子から立ち上がるとカウンターの中にまわる。
孝哉の横に並ぶと石鹸を手に取り孝哉の手を取る。
「石鹸つけたら取れるかもしれませんよ、指輪。ちょっと外してみましょうよ」