ストロベリームーン


 世那にはこの指輪が元凶に思えた。

 世那と孝哉の手はヌメるばかりで指輪はびくともしなかった。

「これ指に悪いですよ。消防署で指輪を切ってもらえるそうですから1度取ってもらったらどうですか?その後また指輪は修理できるみたいですよ」

 孝哉は世那の手から自分の手を引き抜いた。

「ありがとう、でも大丈夫だよ。僕がこの指輪を外したくなったらもっと簡単な方法がある。指を切ればいいんだよ」

 閉め忘れられた蛇口から水が音を立てて流れ続ける。

 世那の反応を伺うように覗き込んだ孝哉は目尻にしわを作って笑った。

「嘘だよ世那ちゃん。そんな怯えた顔しないでよ」

孝哉は水道の蛇口を閉め、また台拭きで手を拭く。

「もう帰った方がいいよ、お疲れさま」

 世那は孝哉に何か言いたかったが、言うべき言葉が見つからなかった。

 店を出ると空気が重かった。

 駅までの道のりをうつむいて歩く。

 孝哉の抱えているものは大きすぎて世那はただ傍観することしかできなかった。

 頭上の大きな月がのしかかってくるようで体が重い。

 助けを求めるようにスマホを取り出した。

『世那ちゃん、今バイトの帰り?』

 隼人のいる電話の向こう側がやけに明るく軽やかに感じる。

 隼人は室内にいるようだった。

 水音が聞こえてくる。

 浴槽に水を張っているような音だった。

 それに混じって何か聞こえたがすぐに水音に掻き消された。

「うん、孝哉さんとコーヒー飲んでた。ねぇ孝哉さんの昔の恋人のことだけど」

『ああ、あの殺されたっていう人?』

 隼人が知っているとは思わなかった。

 別に隼人にそのことを話そうと思って電話した訳ではないが、なぜか先手を取られたような気分になる。

 それと隼人の言い方があっさりしすぎているのが気にくわない。



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