ストロベリームーン
世那の後悔
めづらしく孝哉さんが風邪を引いて高熱を出した。
まさかこの風邪まで18年前の恋人の死と関係があるとは思えないが、孝哉のあんな姿を見てしまうと世那はなんだか気になる。
「だから今日は世那ちゃんと隼人くんの2人なんだ」
璃々子はビールを飲みながら世那と隼人を指差した。
璃々子は孝哉と親しそうにしているが、孝哉の恋人が亡くなっていたことも知らなかったし、殺されたことは今でも知らないだろう。
この前世那が見た人が違ったような孝哉も知らないに違いない。
「2人いても孝哉さん1人分の仕事もできないっすけどね」
店をクローズしようと言う孝哉に、自分が出ますから、と講義を休んでバイトに出てきた隼人は朝から張り切っている。
朝のテイクアウトの客は手の込んだものはオーダーしないのでなんとか今のところは大きなハプニングもなくやっている。
「あ、雨降ってきた」
璃々子の言葉でみんな窓の外を見る。
ぽつりぽつりと路上に水玉模様を作った雨はあっという間にどしゃ降りになった。
雨が降るとランチタイムの客足がぐっと減る。
これで今日は暇かもしれない。
「今日、無事に乗り越えられそうだな」
隼人が呟く。
「え?なんで?なんで?」
予約制の璃々子の店は天候など関係ないのだろう。
世那は答えるのが面倒くさいので、代わりにビールをもう1杯勧めた。
今日は少ない客で稼がなければならなそうだ。
それが雨のせいでも、バイト2人だとやっぱり売り上げが落ちるのかと思われるのが嫌だった。
いっても孝哉はそんなことを思う人間じゃないだろうが。
世那はかがんで冷蔵庫からビールを取り出す。
「あ、やっばい、カフェドベルジクだ」
頭の上で隼人の声が聞こえた。
手に取ったビールを落としそうになる。
短く息を吐いて立ち上がる。
店先で小春が傘を閉じていた。