ストロベリームーン
「でも蓮くんは絶対に」
「あ、ごめんなさい」
小春は別に蓮がお金を盗んだと思っているわけじゃないと璃々子に説明する。
「でもバンドマンなんてやめておいた方がいいですよ、成功する方が奇跡だし、今はまだ若いからいいけど、歳とってもいつまでも夢追ってるおっさんなんかになると、面倒臭いですよ」
カランとドアベルが鳴った。
1組の男女の客が入ってきた。
時々見かける顔で2人とも肩が雨で濡れている。
傘をさしても濡れるほど外の雨はまだ激しい。
世那は2人にタオルを渡し席に案内する。
カウンターに戻ると隼人が小春の会計をしているところだった。
「じゃっ、璃々子さんまた」
小春と璃々子は手の平を合わせる。
2人はすっかり以前からの知り合いのように親密になっていた。
「ご馳走さま、隼人くん」
小春はどしゃ降りの雨の中出て行った。
小春は1度も世那に話しかけることなく、1度も世那を見なかった。
その不自然さを隼人と璃々子は全く気づいていないようで、世那は何度も気にし過ぎだと自分を納得させようとしたができなかった。
お姉さん明るいうちから羨ましいですねぇ、とカップルの男の方の客が璃々子に話しかけ、世那以外の4人が笑い声をあげる。
世那は自分の周りにだけ雨が降っているように感じた。
自分の居場所は乾いた店内ではなく、外のどしゃ降りの雨の中のような気がした。
小春を追って雨の中を駆け出したかった。