ストロベリームーン
風邪がうつるからと孝哉は断ったが、世那は孝哉の部屋に上がり込んだ。
玄関先で物だけ渡して帰った方がいいのだろうが、このまま1人にしておくと孝哉が衰弱死してしまうのではないかと放っておけなかった。
時々風邪でいきなり死んだりする人がいる。
孝哉の部屋はさすがに世那と同じワンルームではなく、リビングの他にいくつか部屋がありそうだった。
そして驚くほど物がなかった。
今年の春から1人暮らしを始めた世那の部屋より物がない。
リビングにあったのは、いやリビングには何もなかった。
まるで昨日身一つで引っ越してきたばかりのようだった。
生活をする意思のまるでない部屋だった。
昔恋人を殺された傷を心に追っている以外はいたって健全そうに見える孝哉からは想像のつかない部屋だった。
もしかしたらこの部屋が本当の孝哉なのかもしれない。
この部屋こそが孝哉の心なのだ。
結局レトルトのおかゆをそのままコンビニでもらったプラスチックのスプーンで食べる孝哉を世那は複雑な気持ちで眺めた。
「この前は取り乱してしまって悪かったね」
おかゆを啜りながら孝哉はぼそりと言った。
「え?」
世那は聞き返しそうになったが、すぐにこの前の指輪の時のことだと気づき、曖昧に「いえ別に」と返事にならない返事をした。
「できたら見なかったことにして欲しい。たまにあんな風になるんだけど」
「あ、はい、大丈夫です」
何が大丈夫なのか分からないが咄嗟にそう返事をする。
世那は話題を変えようとしたが上手いセリフが出こない。
何もない部屋を見回してしまう。
「食事はいつも店で食べるんだよね」
言い訳するように孝哉は言った。
「ああ、なるほど」
だが部屋は食事をするだけのところではない。
世那は人の外見を見るより部屋を見た方がその人がよく分かると思っている。
どういうものに囲まれて生活しているかは大切だ。
この部屋は……。