ストロベリームーン
「いないよそんな人」
可哀想な璃々子。
いないことにされている。
「そっか、でも若くて可愛い彼女はいるんでしょ」
蓮はポケットからスマホを取り出した。
時間でも確かめたのかまたすぐポケットに戻す。
「女ってさ、怖いよね」
蓮は立ち上がると、「俺、そろそろ行くから」世那を残して公園を出て行ってしまった。
「なにそれ」
本当に変な奴だ。
今になって蓮との会話を録音しとけばよかったと後悔する。
璃々子に聞かせたら今度こそ璃々子も目が覚めるだろう。
いや、でもそれは分からないな。
蓮が若い女と一緒にいる写真を見ても、大金を盗まれても璃々子は蓮を信じているから、これぐらいじゃダメかも知れない。
恋は盲目とよく言うが、見えないだけではない。
璃々子は蓮に対してはまるで見ざる言わざる聞かざるだ。
どうして璃々子はあんなふうになれるのだろう。
なりふり構わずみっともなくなれるのだ。
自分はなれない。
後先のことを考えてしまう。
だから隼人と付き合ったし、今もこうして何もできずにいる。
目も合わせず口も聞いてくれなくなった小春。
小春はもう自分の事なんてどうでもいんだ。
小春はもうわたしのこと嫌いになっちゃったんだ。
雲行きが怪しくなってきた。
アプリで確認すると公園は店のすぐ裏だった。
「馬鹿みたい」
世那は重そうに垂れ込める空に向かって呟いた。
その夜世那は夢を見た。
扉のない部屋で1人うずくまり、『小春、小春』とシクシク泣いている。
恋しくて切なくて悲しくて、それらでよった縄で体が締めつけられるようだった。
『世那』名前を呼ばれて顔を上げると、世那は孝哉の部屋にいた。
あの部屋だった。
短い悲鳴と共に世那は飛び起きる。
パジャマ代わりのTシャツが汗でぐっしょり濡れている。
世那は部屋の明かりはつけずに、月明かりの下でもそもそと新しいTシャツに着替えた。