ストロベリームーン
璃々子の悲しみ
なくなった腕時計はリョウが忘れていったものだった。
璃々子は値が張るものだと知っていたがリョウと会いたくなかったし、あっちも何も言って来ないのでずっとそのままにしていた。
寝室のサイドテーブルの上に置き忘れていたのを、そのまま引き出しの奥に突っ込んで置いた。
腕時計がなくなったのに気づいたとき、璃々子の中で蓮を信じる1%が音もなく静かに崩れた。
あの引き出しを璃々子以外に開ける人間は蓮しかいない。
コンドームの箱や体温計に混じってあんな高価なものがあそこにあると誰が思うだろう。
璃々子にとってはめくるめくあの最中に蓮がそんなことを考えたいたかと思うと、怒りよりも苦しいくらいの悲しみに襲われた。
あの日、食事をし終わった2人はいつものようにセックスをした。
蓮が腕時計を盗んだのはする前だろうか、それともした後だろうか。
どうでもいいことが気になった。
お金が必要ならそう言ってくれればいいのに。
金額にもよるが、璃々子は出せる範囲なら出したと思う。
蓮とのことで周りが璃々子を馬鹿だと思っていることは知っている。
馬鹿と言われることは慣れていたし、蓮になら馬鹿になってもいいと思った。
蓮を好きな気持ちは本物だったから。
男に貢がせる女がいい女で、その反対がダメ女だとしても、璃々子は蓮のためになら喜んでダメ女になった。
蓮は璃々子の王子さまだった。
貧乏で名もない国の王子さまだったが、璃々子は幸せだった。
璃々子は皆の言ういい女では幸せになれない女なのだ。
もちろん蓮が璃々子に貢いでくれるような男だとしても璃々子は蓮に恋しただろう。
蓮は蓮なのだから。
璃々子が蓮に恋に落ちたのは蓮のその容姿がきっかけだったが、それだけではない。
蓮は璃々子が今まで会ったことのないタイプの男だった。
言い方を変えれば蓮は限りなく璃々子の内側に近い初めての人間だった。