その瞳は、嘘をつけない。
深呼吸して落ち着きたいのに。
鼓動は激しくなって、目には涙が溢れてくる。
こんな大事な時に、身体は言うことを聞いてくれない。

ピリリと響く電子音。
そんな私から、しばらく目を背けずにいた秀くんの携帯が鳴った。
テーブルに置いてあった携帯を耳に当て、一言二言言葉を交わしたのち、「了解。」と言いポケットにしまい込むと、そのまま歩き出す。

「仕事だ。じゃあな。」

さっきまでずっと、私のことを探るような視線を向けていたのに。
最後の言葉は、玄関で靴を履きながら、背中を向けたまま。

私は見送りどころか
何も言うことができないまま。
ただ1人、部屋で立ちつくしていた。
< 129 / 218 >

この作品をシェア

pagetop