もう一度、愛してくれないか

そして、その「凌牙」であるところの伊東の母親が、タカラヅカにハマって家を空けるのが度が過ぎたのか、亭主(だんじり命でコンサバティブな泉州男だ)の逆鱗に触れてしまったようだ。

それが、今回の発端である。

亭主の方にすれば、今まで仕事にかまけて女房を顧みなかった分、定年後はいろいろと考えを巡らせていたらしい。

……同じように結婚生活をほとんど会社人間として過ごしてきてしまった男として、わからなくもないが。

ただ、女房の方からすれば、上の娘が結婚し下の息子も就職して家を出て、子どもたちをしっかり巣立たせたのだから、これからはパートで稼いだ金で自分のやりたいことをしたい、と思うのも道理である。

……他人(ひと)のことならわかるんだがな。

きっかけは些細なことでも、女房を本気で怒らせたら、家出や離婚騒ぎになるんだな。恐ろしい。


「……昨日の夜、娘さんからの説得にやっと応じたご主人が、凌牙さんのお迎えに来たまではよかったんだけど。やっぱりお互いの『思い』のズレは変わらなくて、泥仕合になったらしいの。
それで、凌牙さんから突然『助けて』ってLINEが来て、あたしが行ってご主人の話を聞くことになったのよ」

息子の直属の上司の妻、という立場でもある紗香がいれば、冷静に話し合いができるだろうと思われたのだ。

仕事終わりにその場に駆けつけた伊東は、紗香とその素性を知って、腰を抜かさんばかりに驚いていたそうだが。
(おれと伊東には内緒にしておこう、と申し合わせていたらしい)


「……だけど、やっぱり、男の人はなにもわかってないんだわ、って思ったわ」

紗香はふーっと息を吐いて、肩を落とした。
いつの間にか、おれたちは寝室のベッドに並んで座っていた。

「だって……凌牙さんのご主人ったら、
『だったら、おれと一緒にタカラヅカを観劇したらいい』って言うんだもの」

……ええぇっ⁉︎ それって、ダメなのかっ⁉︎

おれはてっきり、亭主の方が「タカラヅカなんて、金輪際観に行くな」とでも言ったために平行線になっていると思っていた。

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