卒業
瀬野尾くんは私の目の前まで来ると、その歩みを止め、私を見た。
私と瀬野尾くんの距離は30㎝もない。もう、瀬野尾くんの顔もはっきりと見える。
瀬野尾くんの目は、あのとき見た、哀しげな切ない目だった。
その目を見たとたん、なんてひどい嘘をついてしまったのかと後悔した。瀬野尾くんとの大切な10年を、あんな薄っぺらい嘘で終わらせようとした自分が情けなかった。
「瀬野尾くん、あんな嘘をついて本当にごめんなさい。」
………………。
「私……もう今までのように瀬野尾くんと友達として一緒にいる自信がなくて…………だから、あんなこと………………」
私は震える声で、ゆっくりと伝えた。
『今までのようにいられないって、どういう意味』
瀬野尾くんのいつもと違う、低い声にビクッとした。そして、今から話すことに、瀬野尾くんが怒り出すのではないか、もしくは呆れられるのではないか……
そう思うと、私は怖くて、瀬野尾くんの顔を見て話せなかった。
私はうつむき、震える声で話しだした。
「私、この間、瀬野尾くんが彼女と一緒にいるところを初めて見てしまって…………とてもショックだったの…………」
………………
「可笑しいよね、こんなの…………私と瀬野尾くんはただの友達なのにね、今までずっと友達だったのにね……」
「……でも……私、今まで、彼女がいるって話を聞いても大丈夫なふり、していただけだったみたい………………」
………………
「本当はとっても辛くて……本当は…………」
………………
「本当は私、瀬野尾くんのこと…………」
この先の言葉が胸に詰まって出てこない。その代わりに涙が次から次へと溢れ出てくる。
今までずっと言えなかった言葉。今までずっと胸のなかに大切にしまっていた言葉。たった2文字の言葉が…………胸に詰まって出てこない。
どうしよう…………言わなくちゃと思えば思うほど、喉の奥まで出てきてはまた戻り、その度に胸が苦しくなる…………。
怖いの……
この言葉を口にした後に、瀬野尾くんを見るのが……この言葉を口にした後に、自分がどうなってしまうのか……
気が付くと、私はしゃくりあげるように泣いていた。
涙がポタポタと地面に落ちる。両手で口を押さえても声が漏れる。苦しくて止められない。どうしたらいいの………。
そう思ったとき、私は瀬野尾くんに抱きしめられていた。