茜色の約束
第3章 君と初めてのデート

待ち合わせ


 その日も、志保は僕より前に駅にいた。
 
 僕が待ち合わせの午前十時に駅に到着したとき、駅舎の入口で佇んでいる人影があった。

 志保は、僕を見つけると、優しい微笑みを浮かべる。
「待ち合わせ、十時だったよね?」
 僕は訊ねると、志保は「そうよ」と言う。
「僕のこと、結構待ってた?」
 僕が再び訊ねると、志保は「まあ、いいじゃない」と言った。

「それより」
 志保はそう言うと、僕の全身をまじまじと見た。
「そうだろうとは予想していたけど・・実って、ファッションセンス本当にないわね」
 そう言うと、志保は、はあと溜息を吐いた。

 僕の今日の服装は、カーキ色のジャケットにデニムを履いていた。
 僕なりにお洒落してきたつもりなので、今日のファションのどこが悪いのかがわからない。
 だから、僕は少しむっとした。

 志保に対し、一文句言ってやろうと思い、彼女を見た。

 志保は、淡い薄紫色にところどころビーズが散らばっているカーディガンに、深い緑色の膝丈のフレアスカートを履いていた。ファッションセンスがない僕でも分かるほど、その格好は上品で、そして驚くほど志保に似合っていた。

 志保は僕に背を向け、そして顔だけこちらに向ける。
「ほら早く。電車来ちゃうわよ?」
 ・・どうやら、僕は彼女に見惚れていたらしい。


 いつも志保とは駅で落ち合っているにも関わらず、二人で電車に乗ったのは初めてのことだった。
 電車の中で見る彼女に違和感を抱いた。

 時間帯のせいか、この時間の電車の車内は空いていた。
 
 僕と志保は空いている席に二人で腰掛けた。

 僕と志保の距離は、ほんの少ししか存在しなかった。

 先日、流れで握ってしまった志保の細い手が、すぐそばにある。
 そう考えるだけで、心臓が高鳴る。

 僕は窓側に座ったので、気を紛らわせるために窓の外を眺めた。


 ガタンゴトンと電車が揺れる音が大きいせいか、僕らはお互い話すことなく、じっとしていた。


 僕らが向かおうとする紅葉が輝く場所は、電車で三十分ほどかかる場所だった。
 
 いつも僕らが通う学校がある市内とは、逆方向の場所にある。
 新鮮な景色のせいか、僕は窓の外を眺めることに必死になっていた。

 どれくらいの時間が経った頃かわからない。
 ふいに、肩に何かの重みを感じた。耳の辺りがチクチクする。
 僕はおそるおそる窓ではない方の隣を見た。

 志保が僕の肩に頭を乗せていた。
 僕の耳に当たっていたのは、彼女の髪だった。

 僕は驚き、「志保?」と言った。
 しかし、返事がない。

 よくよく耳を澄ませると、すうすうと電車が決して鳴らさない音が聞こえてきた。
 その音は志保が呼吸のための肩を揺らすたび、同じリズムで聞こえてくる。

 志保の奏でる音だった。

 志保の顔をそっと覗き込む。
 長い睫毛が下を向き、大きな目は閉じられていた。少し微笑んでいるようにも見える。

 どんな夢を見ているのだろうか。

 カシャッ

 志保を起こさないように、僕もそっと、電車では絶対鳴らない音を鳴らした。

 電車の三十分を僕は必死の思いで過ごした。
 もう僕の目には景色など映らなかった。

 志保の顔がすぐそこにある。
 そう考えるだけで顔から火がでそうだったが、悪い気はしなかった。
 僕の隣で安心して眠ったのか?そんな想像をすると、ついにやけてしまう。
 
 しかし、志保のすうすうと寝息が聞こえると同時に、僕の心臓もどくどくと鳴った。

 駅に到着する直前、僕は大変なことをしそうになった。


 志保の顔に自分の顔を近付けていたのだ。

 どうしても触れたくなったのだ。志保の顔のなかに存在する、艶やかで瑞々しいある部分に。

『まもなく電車が到着します』という車掌のアナウンスがなければ、それから、駅に到着するのがもう少し遅かったら、僕はとんでもないことを為出かしていた。

 それが良かったことか、残念なことなのかはよく分からない。
 でも、とりあえず良かったことだと受け取っておく。車掌さんに感謝しなければ。
 

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