茜色の約束
志保は駅に着き、紅葉が煌く公園に足を踏み入れると、目をキラキラと輝かせた。
「実!綺麗!綺麗!」と繰り返す。
僕の肩に頭を乗せて寝ていたことに気が付いていないらしい。
もしかすると、僕が為出かしていても、気付かなかったかもしれない。
ふとそう思ったが、僕は頭をぶんぶん横に振った。
もし、志保が気付かなくても、きっと僕は志保と今までのように話すことはできなくなる。それは嫌だ。
僕は邪念を取り除くかのように、もう一度、頭を振り、そして志保を見る。
「わあ」
志保の目がより一層輝く。
瞳が、赤や黄色で満たされていた。
「綺麗!綺麗!」
志保は満面の笑みを浮かべて、赤や黄色でいっぱいになった樹木の連なりに走り出した。
僕も志保の後ろを追う。
志保は樹木の真下で急に立ち止まり、屈んだ。
僕は何かあったのかと不安が押し寄せ、おそるおそる志保に近付く。
「ねえ、実?」
「どうしたの・・?」
志保は立ち上がり、僕の方へ振り向く。
「しんごうき~」
志保は謎の言葉を口にした。
僕は意味が分からず、志保の手元を見た。
彼女は両手を、僕から見てスカートの右側に置き、何かを握っている。
一番右にある彼女の右手には赤色の葉を、左手には黄色の葉。
順々に見ていくと、三番目には、志保の濃い緑色のスカートが存在した。
そこで、僕はようやく、さきほど志保が言った言葉が『信号機』だったことを理解した。
僕は急にその状況が面白くなった。志保の生み出す発想が、とてもお茶目だったからだ。
カシャッ
僕は志保がそのポーズを止めていたので、写真を撮る。
笑っていたので、手元が少し震えた。
僕がいつまでも笑っていることが気に入らなかったのか、志保は口を尖らせた。
「もう、今、赤信号なんだから。止まっててよね」
そう言いながら、一番右に持っている赤色の葉をひらひらと振る。
「ごめんごめん」
僕が笑いを止めてそう言うと、志保は今度は黄色の葉をひらひらと振りながら、「まあ、いいけど」と言った。
自分の意思で変わる信号機なんてきっと、今、目の前にある信号機しかこの世にないだろうな。
そう思いながら、僕は黄色信号に従い、小走りで動いた。
僕と志保の距離がほんの少しとなったところで、志保は急に首を傾げた。
これは、志保のあのサイン。
「どうして、青信号って実際、緑色なのに、青色って言うんだろう?」
ほら、きた。志保の何かを知りたいと思った時の、好奇心溢れる視線。
「うーん」
たしかに言われてみれば、そうだ。なぜ、緑色を青色と呼ぶのだろう。
今まで、考えたこともなかった。
僕はしばらく考え、地面の生えている雑草を見て、あることを思いついた。
「ほら、新しい葉のことを青葉って言ったり、緑色の野菜のことを青果って言ったりするじゃないか。ってことは、日本人の古来の習慣なんじゃない?緑色を青色と呼ぶのは」
僕がそう言うと、志保は大きな目を、一層大きく開いた。そして、「ふーん」と言う。
僕はもうわかっていた。志保の「ふーん」は、適当な返事ではないということを。
志保はにっこりと微笑む。
「また私、昨日の私とは違う私になれたわ」
そう言い、志保は僕に背を向け、歩き出す。
僕も志保の背中を追う。