茜色の約束
大切なもの
「実!鯛焼きが売っているわよ!」
志保はそう言って、走り出した。僕も志保の後を追って走る。
志保が足を止めた場所に、鯛焼きの屋台があった。
「さっきから、いい匂いがするなあって思っていたの。正体はこれだったのね」
志保は屋台の前で目を瞑り、鼻をくんくんと鳴らした。
ふと、腕時計を見ると、時刻は十三時を回っていた。
隣にいた志保は僕のその動作に気が付いたのか、僕の腕時計を覗き込んだ。
「もうお昼の時間を過ぎていたのね。どうりでお腹が空くわけね」
志保はお腹に両手を当てた。
「じゃあ、お昼にしようか」
僕が屋台を指差してそう言うと、志保は目を輝かせながら即座に「うん!」と返事をした。
目の前にあったメニューを志保は真摯に見つめる。
どれどれ、と僕もメニューを見た。僕はその時、「え?」と声を上げていた。志保は、「何?」と僕に対して、首を左に傾ける。
「あ、いや、鯛焼きの中身って粒あんだけじゃないの?」
僕はその時、心底驚いていた。
鯛焼きのメニュー表に、『粒あん・こしあん・白あん・チョコクリーム・カスタードクリーム・生クリーム・抹茶クリーム・苺クリーム』と書かれてあったのだ。あまりの種類の多さと想像できないクリームの味に目を丸くしていた。
すると、隣でふふっと笑う声が聞こえてきた。
「何がおかしいの?」
僕が志保に訊ねた。すると、ふふっという笑い声から、あははと思い切り笑う声へと変化していた。笑いながら、志保は僕に言う。
「こんなの普通じゃない」
「普通なの?鯛焼きの中身ってこんなに種類があったんだね」
僕のその言葉に、志保はより一層笑った。
「志保!」
と、僕は強めに志保の名を呼ぶと、志保は「ごめんなさい」と笑いながら謝った。
「それ、謝っているように見えないよ?」
「だって・・」
志保はふうと深く息を吐き、そして僕を見た。
「私、実のそういうところ、嫌いじゃないわ」
「そりゃ、どうも」
「もう、ほんとよ?」
志保はそう言って、首を左に傾けて、ふふっと笑った。
僕は志保を横目で見る。
「それは、光栄だ」
「そうよ。光栄なことよ?」
僕もふふっと笑ってしまった。志保も笑う。僕らの笑い声が重なった。
僕は中身が粒あんの鯛焼きを持ち、志保はチョコレートクリームが中に入った鯛焼きを持った。
香ばしい匂いが鼻の中を充満する。近くのベンチに腰掛け、二人で一斉に鯛焼きを口に含んだ。
僕は頭から、志保は尻尾から食べた。
「美味しい!」
志保の声がすぐに聞こえた。
「ほんと、美味しい」
僕と志保の目が合う。志保の目は大きく開き、そしてキラキラと輝いていた。
志保の瞳に映る僕の目も、志保と同様だった。
しばらくお互いに黙々と食べていると、突然、志保が口を開いた。
「ねえ、実?」
「なに?」
「形見って、やっぱり特別?」
僕は志保を見た。志保は僕が肩から掛けていたカメラを見ていた。
「そうだね・・。特別、だね」
僕にとって、このカメラは特別だった。
カメラの機能としては最新として電気屋に売られているカメラより明らかに劣っている。カシャッという音もどこか古びた感じがする。
けれど、このカメラには、僕の大好きだった祖父の温もりが残っている。
これはどんなに最新のカメラにだって存在しないし、どこの電気屋に行ったって、売られていることは決してない。
世界にたったひとつしか存在しないカメラなのだ。
それは、やっぱり特別だということだ。
「どうして突然、そんなこと訊くの?」
僕が志保に訊ねると、志保は鯛焼きを口に運ぶ手を一旦止めた。