【超短編 25】 終日が終わる日には
 隣の彼が姿勢を崩さず、口も開かないで僕に注意をしたのだ。
 ため息混じりに煙を吐き出しながら僕は言った。
「いいじゃないか、もう電車は動いていないんだ」
「終日っていうのは一日中って事だよ。電車は関係ない」
 熊のくせに細かい奴だとも思ったが、ぬいぐるみに言い負かされるのは悔しいので反論することにした。
「うん、終日っていうのは一日中って事だ。それは君が正しい。でも電車が動いていないって事は、今日の一日は終わったんだ。だから、今は、終日でもないんだよ」
 彼は少し考えてから
「それは、つまり、終日が終わったって事なのかい?」
と聞いてきた。
「そうだね。今は終日が終わった時間なんだ。だから電車も来ない」
 また少し考え込むように黙った後
「そうか。それならしかたない」
と彼も納得してくれて、僕は安心した。
「君はタバコが苦手なの? だったら離れて吸おうか?」
「いや、大丈夫。そんなに気を使わないでくれ。それに…」
「それに?」
「こうみえても僕も昔はヘビースモーカーだったから」
 どう見えても彼が過去にヘビースモーカーだったようには見えないが、こんなところで嘘をついてもしょうがないのできっと本当のことなのだろう。
「よく止められたね」
「しょうがないよ、そういう時代だから」
 彼はまっすぐと明かりのない街を見据えるように世界を見つめてそう言った。
「僕なんか時代がどうあれ止めることできないけど」
「それは君の意志が強いからさ」
「意志が強い? 逆じゃないの?」
「タバコを吸おうっていう意志が強いって事さ」
 僕も街のほうをぼんやりと眺める。
「あまり誉められた意志の強さじゃないね」
「そうでもないよ」
 街はどこまでも暗い。
 うっすらと見える建物はお店か住居かもわからない。
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